2012年05月15日

しずちゃんー五輪へ一歩近づく

しずちゃんー五輪へ一歩近づく

 アマチュアボクシング女子世界選手権(4日目)が14日、中国の秦皇島オリンピックセンター体育館で行われました。

ミドル級(69〜75キロ)世界ランク32位で、お笑いコンビ「南海キャンディーズ」のしずちゃんこと山崎静代(33)が、国際大会で初勝利を挙げました。

ウズベキスタンのシャフノザ・ニザモワ(24)に、3回1分54秒RSC(レフェリーストップ・コンテスト)勝ち。

15日の3回戦では、世界ランク26位ドイツのシュトローマイヤーと対戦します。

3回戦には5人が進出しており、五輪出場権を獲得するのは優勝者のみ、道は険しいけど頑張ってほしいです。
タグ:しずちゃん
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2012年02月29日

アントニオ猪木の思い出

アントニオ猪木の思い出

 アントニオ猪木ってもちろん知っていますよね。この人のことをあなたはどう思われているでしょうか?

私にとってのこの人のイメージは、良きに付け悪きに付けプロレスラーです。この場合のプロレスラーと云うのはリングで戦う人と云う意味ではありません、長きにわたる行動すべてを通してのイメージです。

神奈川出身ですが、ブラジルに移民し、そこで砲丸投げのオリンピック代表になったことで師匠「力道山」にスカウトされたアントニオ猪木、同時期に入門したジャイアント馬場(故人)とはタッグを組んだこともありますが永遠のライバルでした。

身長が2メートル8センチあるというだけでスターに成れた馬場と比べて、猪木の下積み時代は大変だったようです。

馬場とたもとを分かち新日本プロレスに移籍してからの猪木は、当時確かに光り輝いていました。今も現役のアブドラザ・ブッチャー、タイガージェット・シン、アンドレ・ザ・ジャイアント(故人)等、キラ星のごときライバルにも恵まれていました。

猪木の快進撃に陰りがさしたのは、1983年にハルク・ホーガンにKO負けを喫してからです。

でも猪木はスポーツ平和党を立ち上げて参議院議員になったりと、必死で自分の道を探し続けていました。

2010年にはそれまでのプロレスに対する貢献が認められて、アメリカのWWF殿堂入りも果たした猪木、彼の原点は祖父の「寛司、世界一になるんじゃ!」と言う言葉だったと云いますが、この言葉は今も彼の胸を打ちならし続けているのだという気がします。
posted by ケンゾウ at 14:44 | Comment(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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